人権講座・野村先生講演会「命のメッセージ」を拝聴して

去る2014年11月7日、野村路子先生を講師にお迎えして行われた「芝大門人権講座」を拝聴いたしました。

野村先生と絵の出会い。日本では(もしかしたら世界でも)あまり知られていないかった「テレジン収容所」のこと。誰もが無謀と言ったテレジンの子どもたちの絵の展覧会を開くまでの道のり。その後、ホロコーストを生き延びた数少ない人たちとの貴重な対面…。

私は何度か先生の講演を拝聴しておりますが、そのたびに胸が一杯になります。


1989年、お譲さんの卒業を祝しての親娘二人旅で立ち寄った旧社会主義国チェコ・スロバキア(現チェコ)、プラハでの散策で偶然立ち寄った小さな建物。そこに展示してあった数点の子どもの絵。中の1枚に、先生は目が釘付けになったと言います。

<首つり>の絵。吊るされた人の胸には、何度も何度も重ねてなぞられた<ユダヤの星>が描かれていたそうです。

「特別な絵だ!と感じた」と、先生は講演の中でおっしゃいました。

そして、その絵をきっかけに、テレジン収容所がアウシュヴィッツへの中継地であったこと、厳しい境遇の収容所の中で子どもたちのために<学校>を開こうと闘った人たちがいたこと、短く残酷な人生を精一杯生きたユダヤの子どもと、彼らを支えた大人がいたことを知ると、先生は<この事実を何としてでも人々に伝えなければ!>と一途に思いこまれたそうです。


人は時として<あれが運命だった>と思える出来事に出合うことがあります。

先生にとって、その絵との出会いこそが運命だったのでしょう。

それからの先生は、何のアテもなくチェコ大使館へ協力を仰ぎ、プラハを再度訪問し、ユダヤ博物館やテレジン収容所跡へも足を運ぶなど、<テレジンの子どもたちの絵>を日本の人たちに見せるための企画を精力的に進めました。まさに運命に突き動かされての行動だったそうです。

そして絵との出会いから2年後の1991年、ついに日本で初めて『テレジン収容所の幼い画家たち展』と題した展覧会を実現するという大業を成し遂げられました。その際には企業から個人まで多くの人が展覧会を後押ししてくださったと言います。

先生は「私はテレジンの話になると止まらなくなる。言いたいことがありすぎて、いつも時間をオーバーしてしまうんです」と講演のたびにおっしゃいます。

その通り、何度お話を伺っても、それまで語られる機会の無かったエピソードが飛び出してきます。どれも先生にとって大切な出来事なのだとわかる、先生の<思い>がこもったお話です。

ですから、聴いている私は、切なくやるせない<事実>とともに、<先生の思い>にも動かされて、深く感動します。


テレジン収容所にいた15,000人の子どもたちのうち、生還できたのは僅か100人。けれども過酷な労働と劣悪な環境のせいで、収容所解放後に亡くなる子どもは多く、運よく健康を取り戻しても、すでに親は亡く、外国へ里子に出されるなど、戦争は終わっても厳しい運命には変わりなかったと言います。

先生は講演の中で「少ない生存者の中で、6人にインタビューすることができました。なかでもディタ・クラウスさんは展覧会の際、日本にお招きしました」と当時を話されました。

<テレジン収容所と子どもたちの絵を広く知らせたい>という先生の思いとは逆に、<あの頃の出来事は忘れてしまいたい>という人が多く、そんな中、インタビューに応じてくださった人たちの心情を察してやみません。

来日されたディタさんに、取材人が遠慮のない質問や注文をすることに、胸を痛めた先生は、ディタさんに謝罪したそうです。けれどもディタさんは「貴女が謝る必要はないのよ。話すのは辛い。でも私は生きている。生き残った人間の義務として、何もかも伝えなければ」とおっしゃったそうです。

そして先生も「私もあの絵と出合ってしまったから、皆さんに伝えます。一人でも多くの人に伝えたいと思います。そして皆さんも今日、知ってしまったのだから、身近な人に伝えてください」とおっしゃいました。

私もそうしたい、と思います。

会場の隣のブースには、テレジン収容所の子どもたちが描いた絵のパネルも展示されていました。絵とともに、第二次世界大戦の背景とテレジン収容所の役割、収容所での暮らしを非常に解りやすく紹介された文章と写真も掲載されています。

中にはクリスマスの様子を描いたものもありました。

来月はクリスマス。そして、あっと言う間に新しい年を迎えます。ふっと、2011年東日本大震災に見舞われた人々のことが頭をよぎりました。皆様が少しでも平和な気持ちで、良い年が迎えられますように。

講座前後で受講者の皆さんは、そのパネルを一枚一枚、時間をかけて熱心に見ていらっしゃいました。今回参加された方々が、それぞれにその思いを、ほかの誰かに語ってくださることと思います。

展覧会は、今月28日まで開催されています。先生の講演は終わりましたが、ぜひ、多くの方に絵を見に行っていただきたいと思います。


2014年11月13日 石田えり子

 

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