埼玉平和資料館で開催中(9月7日まで)の『戦争を伝える展』に、テレジンの子どもたちの描いた絵のパネルが展示されています。(右チラシ画像をクリックするとイベント詳細ページがご覧いただけます)
今年は6~7月、長崎のピースミュージアムを皮切りに、北九州・福岡などで『テレジンの幼い画家たち展』が開催されました。福岡市内の西南学院大学中学校でも展覧会、そして、同小学校では特別授業をさせていただきました。
たくさんの素晴らしい出会いに会った二か月間でした。その後、仙台・石巻へも行き、今は、少々疲れて(暑さのせいもあり)、家にこもって、新しい本の原稿執筆に専念しています。
7月いっぱいは、専門学校の授業もありました。保育士・幼稚園教諭になる生徒に「時事問題」を教えているのですが、新学期が始まってすぐ、ロシアとウクライナの問題。
ウクライナ東部、ロシアとの国境近くに住む人々が、ロシアとの併合を望んでいる、ウクライナの国民から虐待されている…などというロシアの主張には、あの第二次世界大戦前夜のポーランドや、チェコスロヴァキアの併合の際のドイツの主張と重なるものが見え、とても嫌な気分でした。
学生には「これはいつ戦争になってもおかしくない事態。ただ人間が当時より少し賢くなっていることと、国連という組織があるのが当時と違うはず」と話していました。今も戦闘状態は変わっていません。ただ追随する国のないのが幸いなだけです。
それにしても、国の権力者は常に、時刻を強い国にしたいと願っているのですね。ドイツが、世界で一番強く大きな国になりたいと願ったのが、あの大戦の悲劇を生んだのに…。
と思っていたら、イスラエルのガザ攻撃。これまでにも何度この争いを続けてきたのか。ベツレヘムやエルサレムで出会うパレスチナの子どもの貧しさ(みな物を売りに来る子どもたちです)、テルアビブやハイファの豊かな生活…この差にいつも心が痛むのですが、同じ国の中で、二つの民族が争わなければならない悲劇は、どういえばいいのでしょう。
国民皆兵制度の国で、若者はみな軍人。かつては、イスラエルの若者が、新しい国を作るという希望に燃えた美しい目をしていたと言われましたが、今、彼らは、ガザ地区を攻撃し、幼い子どもを殺すことに疑問を抱いているはずです。
国連がもっと力を出さなければ…。
そして、さらに佐世保の高校生の殺人事件。テレジンの展覧会を見た小学生・中学生はみな、「命の大切さを考えた」「生きていることの幸せを大事にしたい」「生きたくても生きられなかった子どもたちの無念さを思う」と感想を書いてくれています。
あの高校生に、そんなことをつえる人はいなかったのでしょうか。
以前、酒鬼薔薇事件があった時、ちょうど講演会で出向いた高校で、「もっと前に、あの子にテレジンの話をしてあげればよかったのに」と言われたことがありました。
私に何ができるのか、何ができたのか…いつも、いつも、そんなことを考えてはいるのですが。
2014年8月11日 野村 路子